その涙の雫は少女の心

儚く脆い心の裏に、堅くしなやかな心を隠す

少女は白き翼を求む

高く、どこまでも翔べる翼を

高く、高く、高く

白き翼を


それは一通の手紙から始まって……
 8日目 彼女はマジシャン?


 鳥料理は奥が深い。
 材料からして鶏、鳩、鴨……調理法も焼く、煮る、蒸す、揚げる―――様々である。

 その中の鳥料理の一つ―――焼き鳥はそんな数ある調理法の中ではわりとポピュラーな料理であろう。
 鶏肉を串に刺し、タレをつけて焼き上げる……まあ、中にはタレではなく塩を好む場合もあったり単純な調理法の中にも熟練の技や秘伝のタレが味の要素に絡むという面もあるのだが。

 今、一人の少年がその焼き鳥を前にして悩み、葛藤、迷いを繰り返し、顔色を青白いものに変えていた。

「あ、あの……太郎さんのお口に合いませんか?」

 その少年の悩んでいる様子を見かねて声を掛けたのは杉原真奈美という少女であった。
 杉原 真奈美(すぎはら まなみ)、癖のない柔らかそうな黒髪は腰の辺りまでの長さがあるのだろうか
一部を編上げているような髪形に穏やかで優しげな雰囲気。
 少女の持っている控えめで大人しげな空気が強すぎるせいかどこか病弱で気弱な印象を与えがち―――実際体が弱く臆病な面はあるのだが。
 優しげな雰囲気はまるで庇護欲をそそる儚さも併せ持っていた

 今の喋り方も『オドオド』とか『ビクビク』という擬音が付きそうなもので異性のそういう面が苦手な少年をさらに狼狽させた。

「い、いや、そういうわけじゃないんだっ! ただ少し考え事をしていただけだよ! 毎回毎回真奈美の家に来るたびに夕飯をご馳走になってるのが申し訳なくてさ! ハハッ!! そっそういえば僕がここで夕飯をご馳走になる時に出てくるのっていつも鳥料理だよね!? 唐揚げとかチキンカレーとかチキンライスとか水炊きとか……はは

 何か違う要因で狼狽して慌てているのか、突然早口になってよく分からないことを口にする少年。
 まさか……とか、そんなはずは……とかブツブツ呟いていたのを中断するほど慌てている。

 とりあえず少年は少女の家に何回か訪れる間柄でその都度夕食をご馳走になっておりそのメニューが毎回鳥料理ということらしいが、それだけでは少年がここまで慌て、怯える理由にはなるまい。
 この場も一般的なリビングのテーブルに大人しげな美少女と二人きりの夕食という、羨ましい状況なのだから。
 ちなみに焼き鳥の皿は少年の前にだけ置かれており、真奈美はベジタリアンなのかサラダに煮物というメニューである。


 ここはこの二人の出会い……いや、これまでの流れを紐解かなくてはならないだろう。


 まあ、例によって転校を繰り返していた少年が流れ着いたのは香川県高松市である。

 その少年は前に通っていた学校の『情報操作』というスキルを会得している少女との出会いにより、情報のもつ重要性、噛み砕いて言えば自分の評判というものが平穏な学校生活を送るための鍵を握っていることを知っていた。

 当たり前である。

 何かの陰謀としか思えないほどの情報操作は少年の平穏な生活を著しく損なうものだった。
 クラスの女子からは祝福の言葉という大変ありがたいものを頂き
クラスの女子と担任を抱きこんだ席替えはくじ引きなのに常に同じ番号を引き当て、給食を食べる時の席を隣り合わせるのを強要……その他にありとあらゆる面でその少女とくっつけてしまおうという動きと意志が見え隠れ……否、あからさまに見えていたのである。
 反対に男子からはからかい、嫉妬羨望などの感情から低レベルな苛めを受けた。

 この体験から少年は決意することになる。

『品行方正な優等生になろう』

 平穏な学校生活を送るためにはクラスメートや教師からの信望の篤い優等生になるしかない、そう決意したのである。
 いささか大げさで極端な気がしないわけでもないが、それだけの決意、それだけの体験だったのだから無理もないのかもしれない。

 その少年の決意は功をそうした……最初は。

 教師やクラスメートからの信望の篤い少年、正に転校デビュー、中学デビューという言葉が当てはまるものだった。
 遅く迎えた春……そう言い換えてもいい。

 だがそれは長くは続かないものだった――――というより続いていたら太郎という少年ではない。

 平穏な日々は終わりを告げる。

 それは少年が帰り際に教師に掛けられた言葉が始まりだった。

「お、山田。ちょっと頼みがあるんだが……このプリントを杉原のとこまで届けてやってくれないか?場所は教えるから、確かお前の通り道だったと思うからさ

 優等生を自負する少年は快く引き受けた。
 それが平穏な生活に
終わりを告げる始まりという矛盾を抱えるものだったということに少年が気がついたのは事が全ての終わりを告げてからだった。

 その時の少年は真奈美とは面識がなく『病弱で学校に来られないクラスメート』程度の印象しかもっていなかった為、持ち前の面倒見のよさ……いや、地雷原に誘導されやすい人間性を発揮したのである

 真奈美と出会いを果たした少年は庇護欲をそそられる―――【守ってくださいオーラ】をびんびんに放出している真奈美の手助けをすることになった。
 真奈美宛のプリントを届けるのを始め、勉強が遅れないように自分のノートを写させて勉強を教えたりなどなど―――様々な面でサポートしていたのだが、このままでいいと思っていたわけではない。

【いつかは一人で真奈美も歩き出さなくてはいけない】と考えていたのである

 そして転機……新たな扉が開かれる時が来る。

 真奈美の家は自然が多く残る土地に建っている。
 これは病弱な真奈美を案じた親が空気の綺麗なところを望んだ事
真奈美が静かな場所を好む事からなのだが、その土地には多くの自然の動物が生息している。
 その真奈美の家の近くで二人は巣から落ちた雛鳥を見つけた。
 巣から落ちた雛鳥はもう巣には戻れない、そして飛ぶことを知らず自分の力で餌をとることも出来ない生物に待っているのは……

 雛鳥を見つけて手の平に乗せた真奈美は悲しげに呟いた。

 「まるで私みたい……飛ぶことも出来なくて弱い存在で」

 「何を言うんだ!! 真奈美だって飛べるんだ!! この雛鳥だって翔べる!! 翔べる日が来るんだよ!」

 そう少年は叫んだ。一歩づつ近づいているのを知らずに。
 その時に静かな音――カチリという音が辺りに響いた気がしたんだ・・・そう、後に少年は語った

 少年の叫びに何かを感じたのか、『雛鳥を育てる』と真奈美。
「私がこの子を育てますからあなたが私を……」という呟きが聴こえないわけではなかったのだが。

 少年は思った……この雛鳥が自分の力で羽ばたき空を飛ぶ時が来たならばきっと、目の前のか弱き少女―――真奈美も自分の力で強く歩き出す……いや、羽ばたける時が来ると

 ここで終われば最高に感動するストーリーなのだが、あいにくこれは『それは一通の手紙から始まって……』である。

 ずっと両親以外から疎まれて……生来の気弱さから自分の檻に閉じこもっていた真奈美にとって、何の打算もなく手を差し伸べて助けてくれた少年は自分の欲しかった翼を与えてくれる存在だった。
 自分の自虐の言葉を正面からの叫びで否定してくれた少年の心が胸に響いた。

 故に、

『あなたが私という雛鳥の巣になってくれるのですね?』



 となるのもやむおえまい。

 さて、その日からも足しげく真奈美の家に通う少年はある日、夕飯を真奈美の家でご馳走になる事になる。
 美少女が自分のために手料理を作ってくれる……これに心が躍らない男はいないだろう。

 少年も多分に漏れず喜び、甘酸っぱい青春の1ページと呼ばれるものが展開されたりもした

それから最初の場面に戻るのだがここまで見ても何ら不自然な所―――少年が怯えるような要素は見当たらないのだが……強いて言うならば、真奈美の作る料理が毎回鳥料理なこと、それと真奈美の世話する雛鳥が一向に飛ぶ気配を見せない……否成長しないということぐらいだが……ん?成長しない?

「ははッ……おいしいな、真奈美の料理は。そういえばぴーちゃん(雛鳥の名前です)の様子はどうかなっ? まだ飛び立てそうにないの?」

 潜在スキル『気付かぬフリ』を発動させた少年は何かを振り切るように焼き鳥を頬張り始める。
 まるで自分の頭に浮かんだ真実―――想像を振り払うように、顔色は青白いままで

「はい……全然大きくならなくて……グスっ……ごめんなさい。私の育て方がおかしくて……」

「いっ、いや、いいんだよ。多分ぴーちゃんももっと真奈美と一緒にいたいんだよ! だから泣かないでっ!」

 突然泣き出した真奈美に少年はタジタジである。
 故に真奈美の小さな右手に握り締められている目薬にも気が付かない―――気付かぬフリ。

 A(アクション)スキル『目薬』の使い手の少女がここにいた。

「ごめんなさい……私いつも泣いてばかりで……ぐすん」

 
 グスンという音と共に涙(目薬)を拭く仕草がここまで似合う美少女も珍しい……いや、いないだろう。
 潜在スキル『守ってくださいオーラ』と合わさって、それは最大限の効果を発揮した。

 少年は気付かぬフリ―――その焼き鳥の肉は柔らかく、くせのない鶏肉が使われている事を。

 少年は気付かぬフリ―――鳥は雛鳥ほど、肉質が柔らかくくせのないものだということを。

 少年は気付かぬフリ―――さっき真奈美の部屋で見た雛鳥の羽が灰色だったということを。

 少年は気付かぬフリ……いや、聴こえぬフリ―――「私はあなたという巣から巣立つ事は出来ません……一生」と、こちらを見ながら真奈美が呟く言葉を。


 結局ぴーちゃん?が真奈美の下を巣立ったのは少年が引っ越す間際になってだったらしい。
 そしてスズメの雛鳥を育てていたはずが巣立つ時には鳩に変わっていたという一流マジシャン顔負けの事実があったという話が転校先の少年の耳に届く事はなかった。


 

9日目

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