洋の東西を問わず、古くから薬草というものはその字の示す通りに薬として使われてきた。

 二束三文のものから貴重な漢方薬まで、その全ては大いなる山の息吹を感じさせる命の雫と言える。

 使い方を間違えれば命に関わるものからその命を救うものまで。

 山には様々な草花が息づいているのである。





それは一通の手紙から始まって……
9日目 既成事実の作り方




 ん……むぅ……もう朝か……少し頭が痛いな……

 あれ? 何で俺はベットに寝てるんだ? 確か昨日は高松まで真奈美に会いに行って……

 ……ん……今何時だ?………7時半か……春休みじゃなかったらこんなにゆっくり寝ていられないけどなぁ……


 む? 何で俺はトランクス1枚で寝てるんだ? それにこの部屋……真奈美の部屋!?

 オーケー、オーケー……落ち着け、昂ぶるな……沈むな……ってこれは違うっ!! 落ち着け。

 素早く現状を認識し、冷静に状況を理解しろ……今日は……3月29日、時間は7時35分、ここはおそらく真奈美の部屋だ。
 そうだ……昨日は確か午後3時半頃にここに来て、そのまま真奈美に夕食をご馳走になって……それから……それから……思いだせん!?
 どういうことだ? 昨日の夜からの記憶が無い……酒……は飲んでないな。それになんで俺は真奈美の部屋で寝ているんだ?

 起きてから真奈美に聞くしかないか……とりあえず俺の服は………


「う……う〜〜〜ん………」


 !?!? 何だ今の声は!? 女の声……俺のすぐ傍から……というより俺の隣の掛け布団の不自然なふくらみは何だぁぁぁっっ!?

 落ち着け……水の如く……空の如く……ってこれも違うっ!! 確かめたくはない。だが確かめなくては事態は進展しまい……なんとなくこの後の展開が読める気がするんだが……。

 布団を捲らねばなるまい……震える右手でゆっくりと掛け布団を捲っていく&目は半目。
 だんだんと布団の中から暴かれていく柔らかそうで見覚えのある黒髪に、雪のような色白の肌……そして青ざめていく俺の顔色。

 下着姿の杉原真奈美がそこにいた。
 
 穏やかで静かな彼女の寝顔は見ているだけで微笑んでしまいそうな不思議な力を持っていた。

 現に俺だって―――

 は、はは、はははは………

 ―――乾いた微笑を浮かべるくらいである。


 いったい何が起きたんだ………いや、いったい何をされたんだ俺は!?

 昨日は確か………




【3月28日 午後3時38分 杉原家前】




「た、太郎さん!? 本当に太郎さんなんですね!? ああ……夢みたいです……」

「夢じゃないよ……真奈美。俺は真奈美に会いに来たんだよ」

「嬉しいです……太郎さん……

 小鳥と戯れていた彼女が真奈美だっていうことは、すぐにわかった。
 小鳥たちを見る彼女の瞳が、あの頃と変わらぬ優しげなものだったから。
 自然の動物と心を通わせるなんて事が、真奈美以外に出来るとは思っていなかったから。

 そして悲しい事だけでなく、嬉しい事があってもすぐに泣いてしまう泣き虫なところも、あの頃と変わっていなかった。

「ほら……真奈美、泣かないで……」

「ぐす……ごめんなさい……嬉しくって……びっくりしちゃって……」

 そんな真奈美を優しく、優しく抱きとめた。
 胸に伝わる彼女のぬくもりが、少しづつ心も温かくしていった。

「……ほら、もう平気でしょ?」

「は、はい……大丈夫です……ぐすん」

 彼女の涙を拭う仕草が胸を打った。

「家でお茶でも飲んでいってください。あ……夜ご飯も、私が作りますから!」

「うん……じゃあ、お言葉に甘えてご馳走になろうかな?」

「はい! 任せてください!」

 無邪気に笑う真奈美の顔は、あの頃より輝いて見えた。
 漠然と彼女も大人になったんだ……と、少しだけ寂しい気持ちが胸を過ぎった。

 そして、やっぱり再会ってこういう感じじゃないと!! と激しく実感する。
 弓で狙われたり衆人環視の中で情報操作を受けたりというのは懲り懲りである。



 トラックの運ちゃんの――――


 『今回ばかりは……俺にも見えねぇ……悪いな、力になれなくて』


 ――――というどこか済まなそうな顔が脳裏を過ぎったが、今回は何も起こるまいと振り切った。

「あれ? 真奈美、何か落としたよ?」

 俺の3歩前を歩く真奈美のポケットから何かが零れ落ち、それを拾う。

「え? 何ですか?」

「ほら、目薬。花粉症かぁ……大変だね」

「きゃっ!? すいません! ありがとうございます!」

 よほど大切なものだったのか、慌てて振り返って目薬を俺の手から受け取った。





 家の中でお茶を入れてもらい、思い出話に花を咲かせていると、ちょうど5時の鐘が鳴ったところだった。

「夜ご飯……食べていってください。すぐに出来ますから。松野さん?あれを……

「はい。もうすぐ出来ますからお待ちください。お嬢様、はい、仕込みに入ります

 松野さんという30代ぐらいの家政婦らしき人が真奈美の声にキッチンから顔を出した。


「今の人って家政婦さん?」

任せました……はい……家は両親がほとんど家にいなくて、私も入退院を繰り返してたので……家の事をやってもらっていたんです」

「ご、ごめん。変な事聞いちゃって……」

 あまりにも無神経すぎた質問だった。
 いつの間にか松野さんはキッチンに引っ込んでいる。
 
「い、いえ、気にしないで下さい」

 
「………………………」

「………………………」


 何となく気まずい沈黙、時計の音だけがチクタクと聴こえて数分が過ぎた頃……

「お待たせしました……山田様には若鶏の香草焼きを、お嬢様には山菜の天ぷらをご用意しました」

 一流レストランもかくやと言わんばかりの見事な料理が出てきた。だが、鶏料理か……嫌いじゃないんだが……よくわからない恐怖感がこみ上げてくる。
 ………俺って何か鶏料理に怖い思い出なんかあったか? 

「温かいうちにお召し上がりください。お嬢様、いつでもOKです

「あ、いただきます」
食後にお願いします……いただきます」


 そういえば昼ご飯を食べてなかったな……トラックに乗っていたから。
 あまり見せられた作法ではなかったが、和気藹々と夕食を楽しんだ。

「ご馳走様でした……おいしかったです松野さん」

 俺たちが食べている時に後ろに控えていた松野さんにお礼を言う。
 ファミレスなどとは一線を画す味は、彼女がそれだけの料理人であることを語っている。

「そう言っていただけると、作った甲斐があります。お嬢様……」

 優雅に一礼をする松野さん。

「けど、おいしすぎていつも食べ過ぎちゃうんですよ。……持ってきてください

 食が細そうに見える真奈美も、山菜の天ぷらをきちんと食べきっている。
 確かに、おいしすぎる料理も考え物なのかもしれない。嬉しい悲鳴というか贅沢な悩みというか。

「きちんとカロリー計算もしていますからご安心ください。……御意では、食後のお茶をお持ちします」

 そう言って、再度一礼してからキッチンに向かった松野さん。
 かなりレベルの高い家政婦さんである。




「お待たせしました。お嬢様には紅茶を、山田様には特製野草ドリンクをお持ちしました……細工は流々

「や、野草ドリンクですか!?」


 真奈美のはティーカップに入っている紅茶。
 俺のは透明の中生のジョッキに並々入った深緑色の液体。……飲めるのか!?

 
「あ、私、学校で野草研究会に入ってるんです。疲れてるだろうと思って……体にいいものを作ってみましたんです……後は仕上げを御ろうじろ


 驚愕と焦り、恐怖と戸惑いが含まれているであろう俺の声と視線と顔色をさらりと流すのは真奈美。おい!! 飲めるのかこれ!!
 飲めというのか!? この泥水よりも暗きモノを!? 青汁よりも苦きモノを!?

 俺にも普通の紅茶をくださいよっ!!


「の、飲んでくれないんですか? 折角太郎さんのために集めてきたのに……ぐすん………ひっく……太郎さんの、ちょっといいとこ見てみたい

「お嬢様、太郎様は飲まないなんて一言も言ってませんよ? きっと、お嬢様の気持ちを飲んでもらえます。涙を拭いてください……はい、太郎が飲む〜ぞ太郎が飲む〜ぞ太郎が飲む〜ぞ〜はいはいはい


 飲むなんて事も一言も言ってないんですけどっ!!
 ドシンなんて音を立てて俺の前に勢い良く置かないでくださいっ!!

 そのジョッキを上から覗き込むと、程よくたった泡と絶妙に刻まれた緑色の粒が俺を出迎えた。



「ぐすん……そうですよね……飲んでもらえますよねジョッキ持って、口開けて、傾け一気一気っ気


 
待てっ!! 追い込むな!! ていうかさっきから妙な空気が流れてるぞお前らっ!!


「……………………………………」

「……………………………………」


 物凄い期待の込もった目で見てるんだが………本当にコレ疲労回復の効果なのかよっ!?


 …………………………ちぃっ!!

 
 

 ピコ〜ン!! (何かを閃く音)

 
 
 A(アクション)スキル……『強行突破』発動。
 
『Aスキル『強行突破』とは進む先に罠がある事を認識、予測しつつも、それ自体を踏み潰す覚悟で行動する事を可能にするスキルである。
 その内の100回中95回はそのまま罠にはまり自滅する危険性があるため
おいそれとは使うことは出来ず、同時に使う者も減少の一途を辿っている。
 潜在スキルの『自暴自棄』、『開き直り』と併せて使用すると更に効果が上がる
………危険度の効果が』



 ゴクッ、ゴクッ、ゴクッ、ゴクッ、ゴクッ、ゴクッ…………喉に何かの繊維が絡みつくぅぅぅぅ…………

 















 そ、そこからの記憶が無いっっっっっ!?!?!?!?

 お、落ち着け……落ち着け。
 
 たとえそこからの記憶が無くてもどうということはない。

 たとえ俺がトランクス一枚で真奈美の部屋で下着姿の真奈美と一緒にベットで寝ていたとしても問題はない。……のか?

 たとえその真奈美の部屋の机の上に『よく分かる野草特集・野獣変貌編』『よく分かる野草特集・記憶消去編』という2冊の事典が無造作に置いてあったとしても、今の俺には何の関係もない。……と願いたい。







 隣に眠っている姿をしている真奈美を起こさないように慎重にベッドから抜け出し、何故か綺麗に畳んで置いてあった自分の服を着て、某工作員のスニーキングミッション張りの緊張感をもってその家から脱出した俺を待ち受けていたのは………

ピヨピヨピヨピヨピヨピヨ
チュンチュンチュンチュンチュン
ピヨピヨピヨピヨピヨピヨ
チュンチュンチュンチュンチュン
ピヨピヨピヨピヨピヨピヨ
チュンチュンチュンチュンチュン

 沢山の、道を埋め尽くさんばかりに集まった鳥の群れだった。



 

 1週間後、家に届いた一通の封筒の中には、様々なアングルで撮られたトランクス姿の俺と下着姿の真奈美がベットの上で抱き合っている写真が数枚入れられていた。
 同封の手紙には『これからよろしくお願いします……ぐすん』と女性の文字で書かれていた。
 
 なぜ真奈美が家の住所を知っていたのか? その理由を考える前に、写真を持った手がガタガタと震えだすのを止める事しか出来なかった。






 


 ちゃんちゃらちゃっちゃっちゃ〜〜〜〜!!!! (何かのファンファーレ)



 太郎は不幸度が上がった。

 Aスキル『強行突破』を習得した」。

 真奈美の写真を手に入れた。

 野草に対する耐性が上がった。





 

 

10日目

8日目