――――やぁぁい安達夫婦は仲がいいなぁぁ

――――家でも一緒に寝てるんだろ!?

 それは小学校低学年にありがちな、仲のいい者に対しての『冷やかし』。
黒板に書かれた相合傘、机への落書き、席の位置…
ただのからかい、羨ましいから、なんとなくなど、からかう側にとってその理由は様々なのだが。

 それを言われた当事者達は幼心からも気付く…いや、そういう思考に行き着く―――男女が一緒にいるというのは恥ずかしい事なのかもしれない…と。
それで一旦男の子グループ、女の子グループに別れて成長していくに連れ、異性への興味が再燃し交わっていき…初恋――というのがよくある一般的なパターンであり、この時期はいわゆる照れ隠しと恥ずかしさが入り混じる少年・少女時代、思春期なのである。

 大抵は男の子ではなく女の子が、その冷やかしに耐えられなくなり離れていく。
女の子の方が成長が早く思考が行き着くのが早いからである。

『名前で呼ばれるの恥ずかしいから』
『一緒に帰って誰かに噂されると恥ずかしいし・・・』
『お隣同士だから・・・一緒に帰ろうと思って・・』

これは違うゲー・・・物語なのだが、まぁそういうことである・・・普通なら。
こういう身勝手な言葉に憤りを感じた事は1度や2度ではないのだが。

「えぇぇぇ!!そんな…夫婦だなんて、照れちゃうわね…布団どころかお風呂も一緒だなんて…いやんいやん!!もう!!太郎も何か言ってよ!本当の事なんだから!!若奥様だなんて気が早いわよねぇ!?」

 顔を赤くしながらクネクネしている様は小学生の女の子ということもあり非常に微笑ましいものだった――――片割れの少年…太郎にとっては違ったが。

 

 

それは一通の手紙から始まって

 2日目   幼馴染は許嫁?

 

 

 女の子の名前は安達妙子(あだち たえこ)。
少年にとっては幼馴染、家主の娘、同級生など様々な・・・あと許婚を忘れていたが、そんな言葉を当てはめる事の出来る少女である。
 二つに結んだ髪に雀斑(そばかす)で世話焼きのしっかり者…絵に書いたような幼馴染キャラであった。
つまり太郎の家族が部屋を借りている屋敷(酒屋)の持主が安達家であり、その事から物心ついた時から二人は家族のように暮らしているのである。
 家族ぐるみの付き合いで、食事も同じ部屋で食べていたし色々と助け合っていた。

 登下校はもちろんの事、家、クラス、席、その他もろもろが一緒という関係はクラスのからかいの格好の的だった……が、からかわれた片割れは言葉通りだった。
 少女は少年への好意を早い段階で激しく自己認識し、周囲からの『からかいや冷やかし』を『祝福の言葉』と解釈し、照れくさそうに少年に自己アピール。照れくさそうに。

もう片方・・・少年は知らない振り、聞いていない振り、又の名を現実逃避。

『今日の給食はカレーだったっけ?甘口だといいなぁぁ・・・』

遠い空を眺めて考えていたのだが。


 幼いながらも現実逃避というスキルを身に付けた少年。
 その才能は彼がこれから歩む青春時代の波乱を予感させるモノだったのかもしれない。
現に彼はこの先に『現実逃避』というスキルの他に『自己弁護』『責任転嫁』『開き直り』『やけっぱち』などの様々なスキル・・・心の防衛法を身につけていくことになる。
 あまり生活の役にはたっていないのだが。

 これほどの一方的に絡まっている関係の二人が何故別れたのか……引越しである。
父親の仕事の関係でその土地を離れる事になった太郎は……喜んだ。

 何しろこれまで太郎は同年代の男の子と遊んだ事がないのである。
朝の起床から夜の就寝までこの少女と行動を共にする事を強制されオママゴトや人形遊び、結婚式ごっこ、お医者さんごっこでしか遊んだ事がない・・・まあ例外の付き合いは彼女の弟ぐらいだっただろう。

 ちなみに彼女の弟も年不相応のスキル・・・『達観と諦念』『哀れみの目』などを身に付けており太郎とは切磋琢磨しあった仲だ。
 同類相憐れむともいう。

「兄ちゃん…ゴメン」
というのが口癖だったりするのだが。

 もっとも、今回の引越し・・・これから11回同じ事を繰り返し、その後に死ゲフンゲフン・・・繰り返すことになるということを知っていればはたして同じ感想を抱いたのであろうか…抱けたのだろうか。


 結局その引越しは無事に済み…予定がずれて一日引越しが早まったため無事に済み、妙子とは別れる時には会っていないのだが。
そしてそれ以来…彼女とは会っていない。
怖くて会えていない。

 


「おい、兄ちゃん!!もう少しで青森に着くぜ!!!」

 隣から聞こえた威勢のいい声で思考の渦・・・過去との邂逅から引き上げられる。

 かなりの速度を出しているトラックの助手席に俺は座っていた。

 そうだった・・・俺はヒッチハイクでトラックの運ちゃんにここまで乗せてきてもらったんだ。


 「ありがとうございます。本当に感謝してます。」

 そう・・・学生の身分で飛行機や新幹線なんかに乗れる金があるわけがない。
 途方に暮れた俺を乗せてくれたのがこの人だった。

 なんだろう…また、この人と会う…いや、また世話になってしまう気がする…

 実際世話になるんだが。
思えばこの人は最後まで付き合いのあった人だろう。

「いいってことよ…俺も若い時は兄ちゃんみたいにヒッチハイクで旅をしたもんよ!!」


旅か…俺の旅。

この人は旅の中で何かを見つけてドライバーという道を選んだ…見つけたのか?

果たして俺はこの旅で何を見つけるんだろう。

威勢のいい声が響く車内で俺はぼんやりとそんな事を考えていた。

『安達酒店』は近い。

 

 

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