闇を討つは退魔の銀
それを撃つは闇のモノ
月夜の中に響くは火音
それを撃つは闇の者
退魔の銀 後編
タイムリミットは1週間。
噛まれた俺が自我を無くし友の眷属に変わるまでの猶予期間。
血に飢えて彷徨い、GSの殲滅対象になるまでの。
それまでに、ケリをつけなくてはならなかった。
一週間・・・・・身体能力のみの影響は一週間です
知り合いをを眷属にするために力を使う・・・・酷い事をやらせたものだ。
完全な吸血鬼としての能力を用いれば自我を残したまま変貌させる事ができるらしいのだが、ハーフの吸血鬼の能力では不完全なものにしか変われない。
ただ、破滅へと導く能力だった。
不完全な己を責めるかのように俯く友へ感謝の言葉を贈る。
てめえが変わったら、俺が殺してやるよ…
背伸びをするように首に腕を回しながらの言葉には怒りと哀しみが込められていて。
頼む…と短く答えることしか出来なかった。
横島さん…あっしは…
大きな体を震わせて言う男にはボディブローを喰らわした。
勝気な嫁さんをもらったくせにちっとも変わらない。
最後のやり取り。
静けさが支配する満月の夜―――この日を選んだのは作戦だった。
吸血鬼としての身体能力と回復力を最大限に、それは相手の妖魔にも当てはまる事だったのだが。
七日目の満月―――最終日。
友人達の協力もあって妖魔をそこに―――公園に誘導、追い詰める事もできた。
死ぬんじゃねぇぞ?・・・・横島
行動前に睨みを効かして掛けられた言葉に、心中で謝罪と感謝の念を送った。
おそらく、それすらも彼らにはわかっていたのだろうけれど。
お前が倒せなきゃ俺らでタコ殴りにしておいてやる…
そう言って握手を交わした。
あの日と変わらぬものはただ、額のバンダナだけ。
心も仲間も肉体さえも…変貌させて、妖魔と対峙した。
不利な戦いだった。
霊力は常人並、神通棍、破魔札・・その他霊力が必要とされる装備は使えない。
半端に変わった…闇に染めた肉体では能力的に負けていた。
ドガッ!! ゴホォッ!!
伊達に賞金首として手配されている妖魔ではない。
満月の回復が追いつかないほどにいたぶられて傷を負う。
肉体が変わっていなかったら5分も持たなかっただろう。
ドサッ…
男は追い詰められた。
足を砕かれて逃げ回っていた男の背後に壁・・・木の感触。
寄りかかるように立ち上がった男を、まるで壊れた玩具を見るかのような目で、興味が尽きたかのように眺める妖魔。
胸を目掛けて妖魔の牙が迫るのをスローモーションのように認識する―――最後に。
グブシュ!!!ドガン!!
血肉を刺す音とほぼ同時に響く爆発音。
・・・ドサ
男の胸元からの爆発に、牙―――頭を吹き飛ばされた妖魔は静かに崩れ落ちた。
「へっ・・特別製の・・・クレイモアだ・・・・効いただろ?」
物言わぬ妖魔に語りかけるように呟く男。
一つ一つの銀製ベアリングに退魔の呪印を刻み込んだ特別製の対魔地雷。
肉体に埋め込んだそれは、確かな効果を発揮した。
闇に染まった肉体に退魔の銀を埋め込む事は尋常ではない苦痛だった。
拒絶反応・・・そんな生ぬるいものではない。
己の属性を滅する為の物を体に埋め込むのである。
身を切るような焼き付けるような痛みが体を駆け巡った。
力が強まる満月の夜でなければ満足に体を動かす事も出来ないほどに。
狂いそうな痛み、狂うわけにはいかない戦いの理由。
男は命を賭けていた。
友の心に痛みを残す頼み事をして。
亡き妻が見たら、涙を流して止めるだろう。
あなたは生きて・・・・
そう願うだろう、生きる喜びを自ら知る身だから。
けれど、彼女のいない世界に生きようとは思えなかった。
全てを受け止めてくれた人のいない世界で生きられるとは思わなかった。
私怨と呼ぶには悲しすぎて、憎しみと呼ぶには純粋すぎた。
男は終始、ただ壮絶な笑みを浮かべていた。
怒り、憎しみ、恨み、悲しみ、虚しさ、後悔・・・全てを混ぜて、混ぜすぎて表現できなくなると浮かんでくるであろろう歪んだ笑みを。
そしてそれが初めて、穏やかな笑みに変わった。
暗い夜空に満月が映える。
その月光に照らされて、男は笑みを浮かべていた。
血濡れた体、抉られた胸元はもう、男が長くはないことを意味していたのだが、死への恐怖や苦痛を微塵にも感じさせずに穏やかな笑みを。
後一日遅ければ完全に不完全な吸血鬼へと変貌し不死身に近い肉体を手に入れていたのだが。
間に合った・・・・・な
男は小さく安堵を混じえて呟いた。
聞き取る事が出来ないほどの小さな声で、口を動かしただけで。
ただいま・・・・・・・・
変わらぬ笑みを浮かべたままで。
あの日に言えなかった言葉を。
それは誰に言った言葉なのだろうか・・・
こちらに手を差し伸べている何かが視えるのだろうか。
男は静かに、瞳を閉じた。
男達3人が公園に駆けつけたのは夜明け間近。
朝日に照らされて、明るさを取り戻し始めた公園の中で昇華していく男の肉体。
一握の灰に変わり、立ち上っていく男の姿を静かに見届ける彼らは、静かに空を見上げた。
別れを告げるように、見送るように。
一人は泣いていた。
大きな肩を震わせながら、涙を流して。
一人は拳を握り締め、歯を食いしばり一言。
バカヤロウ・・・・・・
空に向かってはき捨てた。
答えが返ってくるわけもない言葉も空に消えていった。
一人は静かに胸元で十字を切った。
主よ…願わくば、彼に…彼らに安らかな眠りを・・・
何を見たのか、何が視えているのか。
舞い上がる灰を見上げながら、ただ一度だけ十字を切った。
ただ、静かに風が吹いていた。
彼に、安らかな眠りを