切り札というものは最後までとっておくものだ。とは、誰の言った言葉だろうか。
そう、切り札とは使いどころが非常に難しい。
そして切り札とは2手、3手を持つことにより、その威力を増す。
それは一通の手紙から始まって……
IF 真奈美END?
京都市、綾崎邸。
ある日、京都でも有数の名家として知られる綾崎家が誇る広大な屋敷に、一通の封筒が届いた。
それを受け取ったのは綾崎家の後継者としての才覚に目覚め、様々な手法を使い、思い出の少年を手に入れようと画策中、行動中の綾崎若菜嬢。
茶道の稽古を終え、一息つけようとしたところに運転手の中村が若菜宛の封筒を持ってきたのである。
その運転手の中村は若菜に手紙を渡すと音を立てずに姿を消した。
「あら……わたくし宛ですか……でも差出人の名前がありませんね」
訝しげにしながらも、丁寧に糊付けされている封筒の口を開けていく。
中に入っていたのは数枚の写真と一通の手紙であった。
とりあえず、最初に手紙を取り出して読み出す若菜。
書かれていたのは長い文章ではない。
短く、意味を簡潔にまとめられ丁寧で綺麗な文字で書かれていた。
『太郎さんは頂きました。これからは高松で一緒に暮らします 杉原真奈美』と。
「なっ、馬鹿な!? はっ!? これは……」
当然驚くだろう。だがそれだけでは済まなかった。
慌てて中の写真を取り出すと絶句した。
取り乱す事が珍しい若菜にしてはいささかオーバーリアクションである。
そこには下着姿の真奈美とトランクス姿の少年が抱き合っているシーンが写されていた。
少年の目に生気が宿っておらず、まるで寄りかかるようなの体勢になっているのと、この写真を写した人物は誰かという不自然な点が残されていないでもなかったが、現状では若菜はそれには気づくことが出来なかった。
もう一枚の写真には少年の腕枕で幸せそうに眠る真奈美の姿が写されている。
同様に誰が写真を写したかという点と、わざとらしい真奈美の幸せそうな顔が不自然といえば不自然ではある。
杉原真奈美……綾崎家で集めた情報だと父親が議員であり、それなりの―――綾崎家には劣るが―――財力を持っており、彼女の持つ『守ってくださいオーラ』は脅威とされていたが、生来の気弱さから実力行使に及ぶ度胸は無いという見解だったはず。
「見誤りましたね……彼女の事を」
静かな呟き、傍から聞けば敗北宣言のようにもとれる。
だが……
「………中村さん」
「………ここに」
虚空に向かって呼んだ瞬間に背後から応える声。
後ろに控えていたのだろうか、先ほどまではその気配は無かった。
音もなく現れた老人には、いつもの運転手としての穏やかさはない。
静かに、主の言葉を待っていた。
「太郎さんを奪還します………準備の方を」
「はっ。若菜お嬢様は……」
「わたくしも征きます。縄と弓を……」
「はっ!」
またしても音も無く消える気配。
若菜も一度も後ろを振り向いていない。
「今度はあなたが思い知ることです、杉原真奈美。 綾崎若菜には迷いがないことを。……………戦です!!」
普段と変わらぬ穏やかな若菜。いや、うっすらと陽炎のようなものが噴出しているように見える。
静かなる闘志を燃やしていた。
場所は移り青森。
安達 純は恐怖に震えていた。
始まりは一通の手紙だった。
差出人不明の姉宛の手紙。何の気なしに手渡した。
さて、部屋に戻ろうかと姉に背を向けた瞬間に、背筋が凍りついた。
「ふふ……どうやら杉原真奈美を見くびっていたようね……」
背後から聞こえる姉の楽しげな、冷たい声。
あまりの恐怖から振り向いてその原因を確かめる事も出来ずに、ただ立ち尽くしていた。
自分の渡した手紙が原因だったのだろうと察しをつけて自分の行動に後悔する。
杉原真奈美……姉にとっては義兄を巡るライバル―――強敵だったはず。
けれど病弱で特筆すべき行動力は持たないという印象をもっていたが、どうやら違ったらしい。
姉の悔しさと怒りに滲ませた楽しげな声がそれを物語っている。
「純……」
「な、なに!? 姉ちゃん」
背を向けての会話というのも何か奇妙だがやむおえまい。
きっと振り向いたら恐怖で失神してしまうだろう。
今の会話でさえ膝が震えてきているのに……
「高松に行くわ。準備して」
姉はこっちの答えを待たずにさっさと自分の部屋に引っ込んだ。
尤も、こちらの答えに『否』は存在しないのだが。
居間を出て行く際に、ゴミ箱に手紙を叩き込んでいった。
部屋中の張り詰めていた空気が緩み、反動でその場にへたり込んでしまった。
一体あの手紙はなんだったんだ?
よろよろと立ち上がり、ゴミ箱を漁ってさっきの手紙を取り出し……絶句した。
そして写真の人物が不憫すぎて泣けてきた。
傍目から見れば羨ましいと見えるかもしれない。
下着姿の美少女と抱き合っている写真と一緒に寝ている写真だからである。
だが、写真の人物……少年の方をよく知る人間からすれば哀れみ以外は抱けまい。
目には生気が宿っていないところを見ると何かを盛られたなと。
写真の構図があからさますぎて、誰かに嵌められたなと。
何より、また……巻き込まれたかと。
幼き頃に少年と過ごした―――同じ境遇を味わった男からすれば、哀れみ以外は抱けなかった。
写真の男に対して哀れみの目を送った。
『義兄ちゃん………哀れすぎるよ』
香川県高松市に12人の女性が集おうとしていた。
それぞれに戦う理由があった。
奪われたものを奪りかえすために。
そして戦いの渦中の……原因となった少年は――――
「ま、真奈美……この手紙を親父宛に送るのは反則じゃないか?」
「そ、そんな……私達の仲がいいところを義父さまに見てもらおうと思っただけなのに……グスン」
――――父親宛に写真入の手紙を送られ、それを確認した父親に『責任を取ってこい』と放り出されたところだった。
本人の望む望まぬに関わらず、戦いに巻き込まれていく。
否応無しに。
濁流に飲み込まれるように。
旅は終わった。
けれど戦いが始まろうとしていた。