「ねえ、忠夫さん。プリクラ……撮りませんか?」
 
 デートの終わりが近づいて、おキヌがおずおずといった感じで横島にきいた。

 晴れた公園を散歩して、お弁当を食べた。手を繋ぎながら映画を観て、ショッピングをして回った。
 ゲームセンターのUFOキャッチャーで大きな人形を取ってもらった。


 
 おキヌには後一つ、一つだけやりたい事があった。





3枚のシール

 



 横島とおキヌは最近付き合い始めたばかり。今日が初めてのデートだった。
 なんとなくおキヌの「忠夫さん」という呼び方に照れが混じっているところに初々しさを感じる。

 尤も、横島もおキヌと手を繋いで映画を観ている時には、ちらちらと隣のおキヌと目線を合わせたりとやけに純情さが出ていたのだが。

「え? 別にいいけどどうしたの?」

 俺がこんな甘甘な時間をすごす時が来るとは……などと涙を流していた横島。

「実は一文字さんが――――」

 タイガー寅吉と一文字魔里は、横島たちよりも早く付き合い始めた。
 どちらかというと気弱なタイガーとそれを補うような勝気な魔里は、タイガーが尻に敷かれているようだが案外にうまくいっているらしい。

 先日同じクラスである魔里に、惚気と一緒に携帯に貼り付けられたプリクラを見せびらかされたおキヌ。
 おそらく本人にはその気はないのだろうが、彼氏のいる己の身分を自慢しているようにも見えた。
 現に弓かおり―――形式的には雪之丞がボーイフレンド彼氏ではない―――は顔を真っ赤にして怒り、嫉妬オーラで詰め寄るのだが魔里はそれをにやけて受け流すという場面があったのである。
 その場では弓を諌めつつ慰めていたおキヌであるが何となく面白くない……と。そして、私も横島さんと一緒に撮れたらなぁ……と思っていたのである。
 ちなみにその時は弓に手を握られ「氷室さん!! 私達は友達ですわよね!?」と尋常ではない迫力を中てられ、うなずく事しか出来なかったのだが。

 その話を聞き、おのれタイガー……俺に隠れてそんなことを……と嫉妬マスクを被りかけていた横島。
 おそらく今の横島の立場を雪之丞と弓が知れば、逆に嫉妬マスクの標的にされることは間違い無しである。


「ダメ……ですか? 忠夫さん」

 上目遣いで何となく恥ずかしそうな表情、もじもじと顔の前で指をいじっているおキヌ。

 断れる男はいまい。

「よしっ、撮ろうかおキヌちゃん! けど種類が一杯あるからなぁ……どれにする?」

「全身が写るのがいいですね」

 一文字さんのも全身の写真でしたからと。

「じゃあこれか……」

 垂れ幕を捲って二人は中に入る。

 100円硬貨を3枚入れる。
 

『写真は3枚撮るからねぇ〜〜!!』

 機械的な女の子の声がスピーカーから響く。


『いっくよ〜〜!! ハイッ、チーズっ!!』

 シャッターの音とフラッシュがはしり、目の前の画面に写真が映っていた。
 手を繋いでいるものの、二人ともどこかぎこちない。初めてのプリクラだからだろうか。



「な、なんか緊張しちゃってますね……」「そ、そうだね。おキヌちゃん」


 画面に映った写真を見ての感想。おキヌは俯きがちに、横島はやけにシリアスな顔をしている。
 それでも手を繋いでいるところに初々しいカップルの微笑ましさを感じるのだが。



『2枚目いくよ〜〜!! ハイッ、チーズっ!!』

 2度目のシャッター音とフラッシュ。画面に今の写真が映る。
 画面の中の二人は腕を組んでいた……というよりおキヌが横島の腕を抱きかかえるようにして寄り添っていた。

 そして顔を真っ赤にしているおキヌ。

「お、おキヌちゃん!?」

 逆に慌てているのは横島である。慣れないシチュエーションと、やけに積極的なおキヌにうろたえている。
 案外純情である。


「す、少しだけですっ! い、いいじゃないですか、少し腕を組むくらい……」

 顔を耳まで赤らめ、そっぽを向いている。けれど手は繋いだまま。


『じゃあ、3枚目いっくよ〜〜!! ハイッ、チーズっ!!』

 3度目のシャッター音とフラッシュ、そして横島の左の頬に微かに触れた感触。

 画面には赤らめた顔のままの横島と、その横島の左の頬に背伸びをしてキスをしている目を閉じたおキヌ。

『今写真を作ってるから、もう少し待っててね〜!!』






 沈黙。
 


 二人とも何も話さない。けれど手は繋がれたまま。

「「えっと……」」

「な、何? おキヌちゃん!?」

「たっ、忠夫さんからどうぞ!!」

 同じタイミングで何かを話そうとした二人。目線を合わせようとはしない。
 照れ照れという妙な空気がその場に漂っていた。



「あ、あのさ……」

「……………」

 何かを言おうとしている横島にその言葉を待つおキヌ。おキヌは横島が嫌がっていないのが分かり、嬉しそうに、楽しそうに横島の言葉を待っている。
 私が勇気を出したんだから横島さんだって……などと思っているのだろう。何となく期待に満ちた目をしている。

「おキヌ『おっ待たせ〜〜!! 写真できたよ〜〜!!』

 何かを言おうとした横島の言葉を遮る機械の声。
 これ幸いとばかりにシールを取り出す横島。

 それを備え付けのハサミで半分に切って片方をおキヌに渡した。


「はは……帰ろうか? おキヌちゃん」

「むぅ〜……分かりました……エイっ」

 僅かに膨らんだ頬がおキヌの不満を表しているのだが、スッと横島から差し出された左腕に顔を笑顔に変えて飛びついた。
 左手には横島が取った巨大なペカチューの人形、右手には横島の腕。

 ご機嫌、ご満悦で歩き出した。
 いつもよりゆっくりと。
 途中で公園に寄り道して、回り道もして。



 ちなみにおキヌは後日、この時のプリクラを一文字魔里と弓かおりに見せたらしい。
 何枚目の写真を見せたのかは不明なのだが
そのプリクラを見て弓かおりだけではなく一文字魔里も嫉妬のオーラで詰め寄ったという話である。