青い空、白い雲、青い海、白い砂浜……夏の季節。

 夏といえば海、海といえば夏。

 寄せては返す波と心地よい潮風が心を洗っていく。


 波の音、砂の感触、潮風の匂い、海と空の色、海水の味………
 海とは五感で楽しむものといっても過言ではあるまい。

 
 もし、そこに付加されるものがあるとするならば、心(第6感)で楽しむ出会いしかないだろう。

 ひと夏のアバンチュール……夏の海は人を解放的にするとは誰の言葉だったろうか。
 命の元素、母なる海……そんな神秘が集う場所だからこそ何かを呼び起こすのか。


 目を閉じて思い浮かべてみればいい。

 水着、焼けた素肌、水着、焼けた素肌、水着、焼けた素肌、水着、焼けた素肌………
 ビキニ、ハイレグ、ビキニ、ハイレグ、ビキニ、ハイレグ、ビキニ、ハイレグ、ビキニ……



 何かが呼び起こされてはこないだろうか。

 熱く滾る何かが。

 きたならば楽しめばいい。心のままに。

 夏の海というドラマを。

 五感を……いや、六感を存分に活用し。

 
 ただ、楽しめばいい。







School Wars

前編

 

 


「………ってなるんじゃないんかぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああ!?」

 横島は海に向かって吠えた。力の限り、咽が裂けんばかりに。
 目を大きく見開き、握り締めた拳は怒りに震えていた。

 おそらく冒頭の文は横島の脳内でのストーリーのナレーションだったのだろう。電波とも言うが。
 
 海に向かって真剣な顔で、怒りを込めて力の限り叫ぶ男の姿は中々絵になるものではあるのだが、今回それに答えたのは波の音だけだった。
 だが、この場にいるのは横島だけではない。この場にはもう一人―――伊達雪之丞が退屈そうに欠伸をかみ殺し、横島の背後に立っていた。

 尤も、ブツブツと何かを口にしていていきなり叫びだす男に対して反応したくないものはあるだろうが。
 

「おい……なんでヤロー二人で海に来なけりゃならね〜んだ? 大体女はどうした!? 極上のハーレムは!? 夏のドラマは!?」

 憤怒。海から振り返った横島の目には炎が見えた。
 燃え盛る怒りを隠そうともせずに、横島は雪之丞の胸倉を掴み迫る。


「おいおい。女ならさっきまで沢山いただろうが。それに俺は一言も海でナンパしようとは言ってないぜ?」

 いかにも心外とばかりに雪之丞。
 くくくっと笑いを含んだ言葉はそれとは別に計算通りという意味が混じっている。

 横島の怒りぶりが楽しくて仕方ないのだろう。火を吐かんばかりに迫られても『柳に風』と受け流している。

 目の前には鮮やかな青い海が広がっている。だが誰もいない。横島と雪之丞以外に浜辺にいる者はいなかった。
 尤も、海開き前の海水浴場などそんなものだろう。


「ば、ばかやろぉぉ〜〜!! お前100人以上の若い女と一緒に海に行くって言ってたじゃねぇかよっっ!!」


「だから100人以上の六道女学院の連中と一緒に海に来たじゃねぇか!! 嘘は言ってねえだろ!!」


「それを詐欺って言うんだろうが!! てめぇ分かってて言ったろ!?」

 つまり六道女学院の林間学校……除霊実習である。今年は海水浴場で行われる。
 六道女学園の霊能科の非常勤講師をやらされているのは雪之丞。

 A級GSライセンスを持つ雪之丞は、GS協会からの要請で半ば無理やりやらされていた。
 ブラックリスト入りを外してもらったという弱みがあるために逆らえず、生徒達に週に2回程度の指導をしていたのである。
 そして除霊実習が近づき、自分がそれに同行しなければならない事が分かり、退屈しのぎに横島を巻き込んだのである。




『おい横島。今週末は暇か?』


『あん? また武者修行かよ……俺は付き合わんぞ? 大体就業時間が給料に直結する俺に暇なんて』


『100人以上の若い女と海に行く予定だったんだが…………無理ならしょうがない
行こうっ!!! すぐ行こう!!




 この間15秒である。

 何も詳しい事を(わざと)話さなかった雪之丞が不義理だったのか(なるべくして)早とちりした横島が悪いのか。

 横島の足元に置いてあるスポーツバッグからはゴム製のイルカとビーチボールが顔を覗かせている。誰の荷物かは言うまでもないだろう。
 夏のドラマを演出する小道具を限界まで詰め込んだのか、バッグの口は閉まりきらずにパンパンに膨らんでいた。



「いいじゃねえか。ここでいいとこ見せればオフの最終日は期待できるだろ? 除霊実習は明日の夜。今日はいわゆる技術指導だ。分かりやすく教えてやれよ?」


 小道具が詰まったバックを見やりながらニヤリと笑みを浮かべた雪之丞。

 まるで悪戯が成功したかのような本当に楽しげな笑みである。実際成功しているのだから楽しいだろう。
 そいつにも活躍の場があるだろ? と付け足して横島の肩をポンと叩く。

「あほかっっ!! 俺に教えられることなんざあるかよ!? つ〜かてめぇ、はなっからそのつもりで俺を騙したんかい!!」

 漸く嵌められた事に気が付いたのは横島である。

「なら俺と模擬戦でもやるか? それはそれで連中のためになるだろ。俺にとってもその方が好都合だ……」

 横島の言葉の後半部分を無視しつつ挑発。自覚はあるのだろう。


「黙れマザコンバトルジャンキー詐欺! お前なんか文珠でイチコロじゃ!!」


「ほう、言うじゃねぇか横島。なんならここでやってもいいんだぜ?」

 危険な笑みを張り付かせる雪之丞。雪之丞自身も鬱憤が溜まっているのだろう。簡単に横島の挑発に乗る。




「「うぉぉぉぉぉぉ!!!!」」


 

砂浜に派手な爆発が起こった。


 指導を待つ生徒達が見たのはボロボロの雪之丞とそれを引きずる同じく傷だらけの横島だった。